インナーブランディング(インターナルブランディング)は、ブランディングを進めるうえで避けて通ることのできない、非常に重要なプロセスです。にもかかわらず、これまでその過程や施策が具体的に理論化されることは、あまりありませんでした。
従業員一人ひとりや、各部署・部門ごとで自分たちのブランドに対する理解を深め、ブランドが目指す世界観を内部で広く共有し、これを体現できるようにすることが、インナーブランディングの目的です。
ただし、組織構成員の意識のレベルや関与度が現在どの程度の水準にあるのか、そしてそれをどう変えていこうとするのかにより、採るべき施策が異なってきます。具体的な施策展開は組織が持つ文化や風土とも密接に関係するため、どの企業やブランドにも適用できるよう標準的なセオリーを体系立てて構築し、一般化するのはなかなか難しいと言えるでしょう。
そこで今回は、このインナーブランディングを理論化する糸口について、考えてみようと思います。
インナーブランディングのメリット?
ネット上でよくみられるインナーブランディングの解説記事の中には、「インナーブランディングのメリット」と題して
- 従業員の定着率があがる
- 従業員と会社、従業員同士のつながり(エンゲージメント)が強化される
- コンプライアンス(法令順守)の意識が向上する
などをあげているものもあります。
しかしこれらは、あくまでもインナーブランディングに付随する効果です。インナーブランディングは「メリットがあるから取り組む」ものではありません。むしろ逆で、本質的に「インナーブランディングなくしてブランディングは成し得ない」のです。
インナー(インターナル)に対する概念として、アウター (エクスターナル)ブランディングという言葉があります。アウターブランディングは外部社会(ステークホルダー群)に働きかけるブランディング活動のことで、狭義にはこの一連のアウターブランディング活動を指して、ブランディングと呼ぶこともあります。
アウターブランディングを成功に導くにはまず、インナーの構成員全員がブランドの世界観を理解し、共感・共有することが不可欠で、だからこそインナーブランディングが重要になってくるのです。
インナーブランディングとCI活動
1990年代、わが国でCI(コーポレート・アイデンティティ)がブームになったことがありました。事業の拡大や多様化に合わせて、社名を変更したりVI(ビジュアル・アイデンティティ)を刷新したりと、イメージの変革が中心の活動と思われていたCIですが、このときも実はMI(マインド・アイデンティティ)やBI(ビヘイビア・アイデンティティ)といった理念や態度・行動面のアイデンティティ確立こそが、重要な要素でした。
具体的な方法論としては、MIについては現在のパーパスやMVV(ミッション、ビジョン、バリュー)などと同様に、言語化するためのガイドラインやワークショップの手法が開発されていました。一方、行動の変革を促すBIに関しては現在のインナーブランディングと同じように、十分な理論化がなされなかったように思います。
当時ビヘイビア・アイデンティティの推進方法として示されていたのは、たとえば
- 企業やブランドのコンセプトを携帯可能な小冊子(ブランドブック)にまとめて解説する
- 言語化された理念要素を部署ごとで唱和する
- ブランドブックやCIニュース・ブランドニュースなどの媒体を活用して、ワークショップを開催する
というような、いたってシンプルなものでした。ただ、CIのプロジェクトでは組織の内外に対する調査を通じてMI(マインド・アイデンティティ)を抽出・明確化したり、言語化するプロセスをセットで行うケースが多く、この過程がビヘイビアを確立する推進力になっていた面があります。
CIとブランディングは、当時から重なる部分の多い概念として認識されていました。どちらも組織体のアイデンティティにかかわることであり、そのコンセプトを共有し形に表して、関係社会に伝えていく手法を追求するものだからです。CIとコーポレート・ブランディングをほぼ同義のものとする研究者、専門家も少なくありません。
だとすれば、ブランディングの推進にあたっても、それを構成する重要な要素であるマインド(理念)とビヘイビア(態度・行動)を無視することはできないでしょう。そしてそこが、インナーブランディングと密接にかかわってきます。
インナーブランディングのスタート地点を知る試み
インナーブランディングの重要性は認識されつつも、多人数で多様な人々の意識をブランドづくりの名のもとに集約するのは、やはり簡単なことではありません。成功に導くためには、冒頭で述べたように「現状の組織がどんな状態にあるのか」を客観的に把握する指標が必要です。そこをスタート地点として定めることにより「次に何をすればよいのか」「どこを目指してゆけばよいのか」が明確になるからです。
では、何をもってその指標にすればよいのでしょうか。
ブランドの核は、これまで本ブログでも繰り返し主張してきた通り、その理念、マインドにあります。自分たちは何者で、何をめざし、どのような価値を社会にどのような形で提供するのか、という根本的な考え方です。
この理念について、最近では「パーパス」や「ミッション」、「ビジョン」や「バリュー」のような形で体系的に言語化することが一般的になっています。呼び名はどうであれ、ブランドとしての意思をわかりやすい言葉で、明快に示すことがインナー・アウターのどちらに対しても求められているのだと思います。
しかしその一方で、理念要素をはっきり言語化していないにもかかわらず、社内にある共通した文化、雰囲気が確実に存在する企業やブランドが実在するのもまた事実です。草創期のアップルを覚えているユーザーは、マッキントッシュやPowerBook、i-Macにi-Bookを生み出した同社の革新的でチャレンジャブルな文化を忘れていないでしょう。Googleやパタゴニア、日本ではサイボウズや、創業者が健在だった頃の松下電器、SONY、TOYOTAなどもそんなグループのひとつだと思います。
逆に、立派な理念を掲げてはいるけれども社内の誰も気にしていない、あるいは既に時代に適合しなくなっている企業もあります。お客さまファーストを謳いながら、実情は不誠実な行為が行われていたビッグモーターのようなケースもその一つです。
そこで、この「理念要素の現状」という視点をベースにして、ある指標ができないかという仮説を立ててみました。
理念要素が「言語化されている/されていない」、理念要素が「理解・共感されている/されていない」というXY軸からなる4つの象限を設定し、自社の現状をそこにプロットすることで指標とするマトリクスです。
マトリクス内の各ポジションに対し、段階的にA~Gのランク付けを行ってみました。
- A.言語化されている理念とされていない理念の両方があり、共に社内で理解・共感がなされている状態
- B.理念が言語化されており、社内で理解・共感がなされている状態
- C.理念は存在するが言語化されていない。しかし社内での理解・共感がなされている状態
- D.理念を言語化したが、階層や年齢層、部署などにより社内での理解・共感度に偏りがある状態
- E.言語化された理念があるが、理解・共感がなされず有名無実になっている状態
- F.理念が言語化されず明確になっていないため、理解・共感も進まない状態
- G.掲げた理念が実態とかけ離れており、虚偽となっている状態
組織というものは、異なる「個」が集積して形作られています。その集積を組織足らしめているのは、個々を結び付ける、ある共通の認識があるからです。組織が小さなうちはその共通の認識が何なのか、明確に言語化しなくとも「なんとなく」共有できますが、やがて内外に対してそれを明確に示す必要が出てきます。
そこで、理念を言語化して組織内の理解を促し、認識を共有しやすくするわけです。このとき、アプローチの方法として「うちの目指すミッション、ビジョンはこれだ」とトップダウンで示し浸透させていくやり方と、「我々は何を大切に思うのか」を組織の内部で模索し、言語化していくボトムアップの二つのプロセスが考えられます。組織構成員のコミットメントの度合いの違いです。
どちらが望ましいのかは簡単には言えませんが、組織内の意識を共有化し、構成員一人ひとりに「自分ごと」としての認識を持ってもらうには、ワークショップなどを通じて自らの手で理念の要素を抽出し、言葉にするプロセスが有効に働きます。
そのうえで自分たちの言葉でその理念を言語化・体系化していけば、たとえ表現はプロのコピーライターのように洗練されていなくとも、「何を目指し、何を大切に思っていくのか」というエッセンスが、一人ひとりの心に強く刻まれると思うのです。
もちろん、社風とか雰囲気、企業文化というものはなかなか左脳的にはっきりと言語化して言い切ることは難しい面もあります。図中Cで示したように、スタートアップ直後で皆が同じ方向を向いていたり、カリスマ的経営者が強いリーダーシップを発揮していたりする場合、あるいは小さな家族的組織である場合などは、「口に出して言わなくても分る」ことがあります。こうした部分も残しつつ、「言語化理念・非言語化理念」の両方を共有できている企業・組織が、インナーブランディングにおいてはおそらく最強です。
インナーブランディングに取り組むにあたり、まず上に示したマトリクスを基準として「いまの自分たちはどの状態にあるのか」をポジショニングしてみてはいかがでしょうか。そして、そこを出発点とするインナーブランディング活動のひとまずのゴールとして、マトリクスのどこを目標として定めるのか、を明確にしてみてはどうでしょう。それにより、展開すべき施策が変わってくるはずです。
潜在している理念要素の掘り起こし方が分からなかったり、社内のスタッフだけではプロジェクトを進めにくい場合もあります。そんなときは、どうぞお気軽にお問合せください。
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