先日、あるクラウドソーシングサイトを見ていて、ちょっとした違和感を感じた案件がありました。
あるマーケティング企業が募集した案件なのですが、その依頼内容は「自分たちの会社のパーパス(理念)を考えて欲しい」というものでした。
募集に際しての条件は「新しく、ユニークなアイデアが盛り込まれたものであること」、そして「 魅力的な訴求力を持った表現であること」の2つだけです。報酬は2万円。同業のとある有名企業のミッション、ビジョン、バリューを参考例として掲げ、「こんな感じにしてほしい」との希望が添えられていました。
企業にはそれぞれ、独自の戦略や経営方針があります。「自分たちの企業理念を公募で決めよう」という選択肢があっても、それはそれでひとつのやり方だとは思います。しかし、本来「こんな事業をやっていきたい」という背景には、その企業なりの、何らかの「想い」が存在するはずです。ミッションやビジョン、バリューといった要素は、そうした「想い」と非常に強く関連します。
この募集案件を見たとき、私は非常にもったいない、という気がしました。
企業の理念的な背景、バックボーンをあまり説明することなく、「新しくユニーク」で「魅力的な訴求力」という点だけを手掛かりとして公募するのは、企業の魅力や特性といった「その企業らしさ」をフォーカスすることと、必ずしもシンクロしないからです。
アイデアをクラウドソーシングで募集するとどうなるか
CrowdWorksやランサーズといったクラウドソーシングサービスは、いまや広く一般に知られています。特にネーミングやキャッチフレーズなどのコンペは、非常に安いコストで広くアイデアを募ることができるため、募集をかける企業も増えています。上記の例でも、2週間の募集期間に87名の応募者から提案を集めていました。もっと応募のハードルが低い、たとえば企業名や商品名、ブランド名だけを募集する案件では、1週間で数千案以上を集めることも珍しくありません。
毎日200~300案以上の候補案が寄せられるわけです。最初のうちはうれしいですが、似たようなアイデアや、ありふれていて今一つピンとこないアイデアも混在します。それらに一つひとつ目を通し、評価していくのは次第に負担になっていきます。
応募してくるのは、ネーミングやコピー開発の専門家とは限りません。むしろそのほとんどが、ちょっとしたアイデアが運よく採用されたらいいな、というつもりで参加する、副業志向のワーカーです。まして、企業理念のように企業の中核にかかわる概念開発となると、本来は市場への深い理解や経営陣との事業ビジョンの共有といった、コンサルティングの見識が要求されるものです。そのレベルの人材はクラウドソーシングには非常に少なく、見つかったとしても相応の(=適正な)見積提示が前提となるため、こうしたケースに自ら応募してくることはまず期待できません。
報酬額の低さもあって、気軽に応募されてくるアイデアの中には、背景への理解が足りなかったり、要綱をよく読んでいなかったりするケースが混じっています。しかも時間をかけてしっかり考えられていないため、直截的すぎて語感や読みなど機能的な面でも、完成度が不十分な提案が多く含まれます。結果としてクラウドソーシングで安易に募集をかけたとしても
・期待されるレベルのアイデアがなかなか集まらない
・似た提案、一部が少し違うだけの提案ばかりになる
・長さや発音、表記、語感などの機能面で課題が残る
・一時にかなりの数が集まるため、評価や対応に手間と時間がかかる
・選定基準を決めていない場合、どう選べばよいか収拾がつかなくなる
といった事態に陥り、発注した企業側は疲弊した挙句、ときにはせっかく募集をかけていながら「採用作なし」という結果を招いてしまうのです。
アイデアを公募する意味とは
社名やブランド名、ミッションの表現などは、その企業の根幹となる部分を象徴的に表すものです。ビジネスを通じて何を実現したいのか、どんな価値を世に問おうとしているのか、それを知り、認識するのはほかならぬ企業自身です。他の誰でもあり得ません。ですから、本来的にはここは発信する企業の側で、とことん考え抜き、知恵を絞ってほしい部分なのです。
中には「うちには理念と呼べるものがない」「何をミッションとして設定すればよいのかわからない」「良いアイデアを思いつかない」と思われる企業もあるかもしれません。しかし、実はその答え、あるいは答えの「タネ」は必ずその企業の中にあります。事業を行おうとする以上、創業者や経営者、従業員の脳裏には「こんなことをやりたい」「こういうことを実現したい」という想いが、例外なく存在します。それを言語化したり、表現したりできていないだけなのです。
ですから、もしアイデアを広く募りたい、という意図があってクラウドソーシングなどを利用し公募するのであれば、あくまでも表現・発想面でのバリエーションとして求めるべきです。そして募集にあたっては、その背景となる世界観や目指すイメージ、市場、自社の製品・サービスの特徴や差別化ポイントといった、根幹をなす情報をしっかり説明することが重要です。もしかするとそこには、社外秘となりそうな核心の情報も含まれるかもしれません。ですから公募に際してはどこまで公開するのか、公開してしまうリスクを十分に検討して臨む必要があります。
それでも公募が良いとすれば、それは新たなブランドやスタートアップの告知、ローンチのためのキャンペーンといった副次的な効果を考えてのこととなります。そしてそれならば、クラウドソーシングのみに限らず、自社のwebや他媒体などに掲載して、広く募集をかけるほうがより効果的です。もちろんコストがかかりますし、報酬も数千円、数万円というわけにはいかないかもしれません。しかし、大事なネーミングや理念の表現は、いずれその企業の無形の資産になっていきます。良いアイデアを求めるのならば、ある程度の投資は必要です。
一番理想的なのは、まず社内でアイデアを考えることです。従業員から案を募れば、自分たちのビジネスや商品について考えるインナーブランディングの絶好の機会となります。進め方に不安があったり、さらに表現を磨く必要がある場合には、専門の機関に参画してもらえばよいでしょう。外部の機関にアイデアを考えてもらうのではなく、それを引き出す手伝いをしてもらい、出てきたアイデアを尖らせ、個性的にする作業を委託するのです。
冒頭の例でいえば、マーケティング企業の経営陣や従業員に徹底的にインタビューを行い、理念の要素となる考え方やビジネスの中身を抽出し、社員全員で考えるためのフレームやプラットフォームを準備し、選定の基準を設定して、最後にブラッシュアップする、といった過程になります。
ネーミングにしろ理念にしろ、「自分たちで創造した」ものに込められる想いは、重さがまったく異なるのです。
ブランド名やコピー表現などをこれからクラウドソーシングで募集しよう、と考えておられる企業の担当者は、募集をかける前にまずぜひこの点を、じっくりと再考されてはいかがでしょうか。
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